第参話「雪積もる竝木通りで…」
「ふああ〜、そろそろ起きるとするか…」
思い出の街に来て2日目、今日は昨日の教訓を生かし30分前にストーブのタイマーをセットしていたので、すんなりと起きる事が出来た。
「さてと、CDプレイヤーだけは昨日の内に出しておいたし、今日は何か曲でもかけてみるか」
そう言い、私は「ゲッターロボ」をかけた。ゲッターロボ、それは私がカラオケで得意とする十八番の歌の1つである。
「ゲェッタースパァァク〜♪空高く〜♪見たか〜合体〜ゲェェェッタァァァロボだ〜♪(C・Vささきいさお)」
ささきいさお氏の歌につられ、ついつい口ずさんでしまう。
「祐一〜、朝から大声で歌わないでよ〜…」
案の上名雪が抗議しに来たので、歌はそこで取り止めた。
朝食を取り終え一休みしていると、名雪が声をかけてきた。
「私今日、友達同志で街に買い物しに行くんだけど、良かったら祐一も一緒に行かない?」
街、と言っても昨日行った商店街の事ではなく、北上川の西側にある同じ市内の中心街の事を指しているようだ。私はこの辺りの事は相変わらず地図的知識しか無い。市の名前や川、周辺の山脈名などである。故に誘ってくれるのは非常に有り難い事である。だが、今日はかねてからこの街に来たら絶対に訪れようと思っていた所に行こうと思っているので、丁重に誘いを断る事にした。
「悪いけど、今日は他に行きたい所があるから…」
「そっか…、それなら別に構わないけど。それで祐一はどこに行くつもりなの?」
「自憂党党首、倉田一郎氏の家だ」
「…行っても本人は居ないと思うけど…」
呆れ顔で名雪がそう答える。
「いや、居ないのは百も承知さ。ただ、倉田一郎帝國の大本営ともいうべき地元の家を、是非一度拝見してみたいと思ってな。それで名雪、悪いけど倉田廷の場所を教えてくれないか?」
「うん、分かったよ。ええとね、あの人の家は…」
名雪に倉田廷の所在地を聞き、家を出る。名雪の話だと国道397号線を真っ直ぐ西に50分弱歩けば着くそうだ。
家を出て10分弱、北上川が見えて来た。この川を渡ってもまだ30分程かかるのだから先が思いやられる。
橋の上は下から吹き上げる風により、通常の大地よりも肌寒い。それにしても橋の上から見える北上川は風光明媚、悠久黄河という感じである。雪化粧された川岸が朝霧に包まれ、幻想的な雰囲気をより際立たせている。この県出身の詩人である石川啄木などが歌に詠んだだけの事はある。
「雪霧に悠久の時刻み込み夢上に浮かぶ北上の川」
文才無からずともつい詠を読んでしまった。
(幻想的だ、あまりにも幻想的過ぎる…。ただ、そう思えても私の心には悲しみしか残らない。全ての雪景色が悲しみと儚さに消えて行く。どうしても思い出せない7年前…、思い出が止まったあの日。それに関係しているのは間違いないのだが…)
川を渡り終え、20分程国道を西に進むと陸橋が見えて来た。名雪の話だと、この陸橋を渡れば目指す倉田低には5分程で着くとの事だ。
陸橋を渡りながら下を見てみる。タイミングよく東北本線を下って行く電車の姿を見る事が出来た。
陸橋を渡り終え、変則的な交差点に出る。信号が変わり、反対側に渡った直後に聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「うぐぅ〜、どいてぇ〜」
間違えない。声の主はあの腐れ縁の食い逃げ少女、月宮あゆである。それにしてもこんな場所で再び出会う事になろうとは…。
「(昨日は見事直撃を食らったが同じ手は二度と食らわん…)あゆ、箸を持つ方に避けるんだ!」
「うぐぅ…?その声祐一君!?わ、分かったよ、おはしを持つ方にさければいいんだねっ」
「見える!!(C・V池田秀一)」
と言いながら華麗にあゆの攻撃を回避しようと思ったが、現実はそうはいかなかった。私から見て左手方向に避ける筈のあゆが、何故か私の避ける方向と同じ方向に避けて来た。
「ヤック・デカルチャー!!ぐわっ」
「うぐぅ〜、またぶつかったぁ〜〜」
「あ、あゆ、俺の言った言葉の意味が分からなかったのか?」
「うぐぅ〜、ボク左利き〜」
統計的な一般論で理解して欲しかったものだが、まあ仕方がないだろう。
「あっ、と、とにかくボク、また追われてるんだよ〜」
「また食い逃げをしたのか…」
「今日もさいふにお金が入っていなかったんだよ〜」
「人は、同じ過ちを繰り返す…全く(C・V古谷徹)。それにしても場所を変え、違う所でも食い逃げをするとは見上げた盗人根性だな」
「とにかく今は逃げなきゃ〜」
「だから俺を巻き込むな〜」
「こ、ここまで逃げれば、大じょうぶだよね…」
「ここは何処だ〜!!(C・V山寺宏一)」
闇雲に逃げていたら何処だか分からない並木通りに行き着いてしまった。周りにベンチが配置されているので、何処かの公園であるのは間違いないだろうが…。
「全く、俺はこの辺りの地理には全然詳しくないんだぞ…」
「ボクもあんまり…。ねえ、祐一君が昨日言っていた『にゅーたいぷ』とかで何とかならないものなの?」
「あれは冗談だ…」
「うぐぅ〜、ひどいよ〜、ボクをからかったんだねっ!」
「酷いのはどっちだ。毎回毎回俺を巻き込むんじゃない」
「うぐぅ…。それよりも祐一君、この辺りに詳しくないってどう言う意味?」
「ああ、そう言えば言ってなかったな。俺はこの街に一昨日越してきたばかりなんだ。街に来る事自体は7年振り何だが、流石に色々と忘れてしまった」
そう言い終えるとあゆはしばしの間沈黙した。
「どうした、あゆ?」
「そっか、どうりで会っているはずだよね…。覚えてる?7年前、いっしょに遊んだ女の子のこと…」
そう言われ微かに7年前の記憶が蘇る。7年前、泣きながら俺に近づいてきた小さくか弱い女の子…、その名は確か月宮あゆ…。
「月宮あゆ…そうだ、あの時確かに…」
途中まで言いかけて言葉を飲んだ。7年前、確かに私は月宮あゆという少女と短き時を共に過ごした。それは確かである。だが、もっと重大な何かがあゆとの間であったような…。
「思い出してくれた?ボクのこと…」
「あ、ああ…」
「よかった、おぼえてくれてたんだね…。ボクは、ボクは裕一君のこと…、ずっと、ずっと……、待っていたんだよっ」
そう言うとあゆは私の方に抱き付いて来た。
「甘い!!(C・V古谷徹)」
が、私は状景反射でつい回避してしまった。
哀れ、あゆはそのまま勢いよく突進し、眼前に聳え立つ街路樹に突撃してしまった。
「うぐぅ〜、痛いよ〜」
「すまん、今のは俺が完全に悪かった。あゆ、俺を叱ってくれ(C・V石野竜三)」
「よけるなんてひどいよ〜、感動の再会シーンだよっ」
「あのな〜あゆ、感動の再会シーンというのはだな、『待ちに待った時が来たのだ、多くの英霊達の死が無駄死にで無かった事の証の為に。再び、ジオンの理想を掲げる為に!星の屑成就の為に!ソロモンよ、私は帰って来た!!(C・V大塚明夫)』みたいなのを言うんだぞ」
「…それは何かがちがうと思うよ…」
「…きゃっ」
あゆと他愛の無い会話を続けていると、突然後ろから可愛らしい悲鳴が聞こえて来た。見ると私より2〜3歳は年下だろうか、ストールを羽織り頭に雪を被らせた少女が、コンビニの袋の中身を散乱させ、呆然と座り込んでいた。
「大大丈夫か?」
怪我は無いだろうかと心配し、その少女に駆け寄ろうとしたら、あゆが「どうしたの?」
と私に声をかけてきた。
「どうやらあゆの攻撃で街路樹の雪が落ちてきたようだな。それにしてもやはり回避して正解だったな、MAP兵器(雪が落ちる追加攻撃の事)が追加される位まで強化された武器で攻撃されたら、いくらこの私でも…」
「うぐぅ…」
あゆがいかにも「ひどいよ〜」という感じで私を見つめる。
「それはそうと大丈夫か?怪我をしたとか、頭をぶつけたとか…」
そう言い、私は街路樹に呆然と座り込んでいる少女に手を差し伸べた。
「え、あ、はい、大丈夫です…」
「そうか、それは良かった。それにしてもこんな可愛らしい女性を巻き込んでしまうとは、私もつくづく罪深き男よ…」
場に流れる一瞬の沈黙。下手にカッコをつけようとした自分が急に恥ずかしくなり、手を差し伸べた体制でしばし硬直する。
「えっと、散らばっている荷物拾うの手伝おうか…」
硬直している私を尻目に、あゆは少女の荷物を拾おうとした。
「あっ」
そうするとその少女は、あゆを静止させるような声を発した。
「どうしたの?」
きょとんとした顔であゆが少女を見つめる。するとその少女は、
「あ、いえ、なんでもないです…」
と答えた。
あゆが荷物を拾い上げている間、私はその少女を立ち上がらせ、頭に降り積もった雪を払い除けた。
「と、こんな感じかな…」
「荷物の方も全部拾い上げたよっ」
どうやらあゆの荷物拾いの方も無事終了したようである。
「そういえば君、何年生?」
一段落した所であゆが少女に質問した。
「1年生です…」
「それじゃボクの一つ下だねっ」
「デカルチャー…、あゆが俺と同い年だったとは…。俺はてっきり…」
「てっきり、何かな…?」
そう問い掛けてきたあゆの顔は笑っていた。しかし、声が笑っていなかった…。
(い、いかん、まともに答えてしまえば、「お前を殺す…」なんて言われて羽の後ろに隠し持っているツインバスターライフルで…)
身の危険を感じ、とっさに話題を変える。
「あ、そうだ、そう言えば聞きたい事があるんだけど、397号線に出るにはどうしたら」
と私は少女に訊ねた。
「あ、はい、それはこの道を…」
その少女の話だと、この並木道の先にある高野長英記念館の先を進めば大通りに出る。その道を記念館の手前に見えてくる塔みたいなのが付いた建物の反対側に進む。そしてその大通りを暫くまっすぐ進むと国道に出れるという話だ。本当はもっと近い道があるのだそうだが、この辺りに詳しく無いならばその道が最適だという事だ。
「教えてくれてどうも、恩に着るぜ」
「いえ、では私はこれで…」
そう言い少女は立ち去った。
(あ、そう言えば名前聞いていなかったな…)
そう思い少女に声をかけようと思ったが、既に少女の姿はそこには無かった…。
(ま、いいか。もしかしたらまた会えるかもしれないし…)
そう心に言い聞かせ、本来の目的を成就すべき教えられた道を進む事にした。
教えられた道を歩き何とか国道に出る事が出来た。
「ふう、ようやく国道に出れたか…」
「ねえ祐一君、これからどこに行くの?」
「なんだあゆ、俺に付いて来たのか。ちょっとある人の家にな…」
「ふ〜ん…。ねえ祐一君、ボクも一緒に行っていいかな?」
「別に構わないが、行ってもあゆには楽しくないと思うぞ」
「いいよ、ボクは祐一君と一緒にいられる…、それだけでとってもうれしいから…。だから祐一君が行く所はどこだってついて行くよ…」
「ほらっ行くぞ!!」
「わっ、祐一君待ってよ〜」
一緒にいられる…、それだけで…、と言われお世辞にも胸がドキドキしてしまったので、あゆの手を引っ張り急いで先に進む事にした。
「ここが倉田邸か…」
家の前に『自憂党岩手県第四総支部』と書かれた看板や一郎氏のポスターが立て掛けられているので、恐らくここで間違いないだろう。
それにしても、あれだけの大物政治家なのだから一体どんな豪邸に住んでいるのかと想像していたのだが…。目の前に見える家は街中にこじんまりと立っており、一部が事務所に改装されてはいたが、母屋は築40〜50年という感じである。
「ねえ、祐一君、この家何か出そうだよ…」
「コラ、いくら見かけが古いとはいえ、人様の家に向って何か出そうは無いだろ」
「うぐぅ〜、だって〜」
確かに何かが出ても不思議ではない雰囲気はある。しかし看板などが立て掛けられているのだから誰かはいるだろう。
「よし、チャイムを押すぞ!」
「やめた方がいいと思うよ…」
「ここまで来て引き下がるわけにはいかん。虎穴には入らずんば虎子を得ずだ!!」
そう言い、私は玄関のチャイムを押す。そうすると家の中から髪の長い女性がこちらに向ってくる影が見えた。
「うぐぅ〜何だか恐いよ〜」
家の中から見える影に怯え、あゆが必死に逃げ出そうとする。
「こらっ、あゆ、逃げるなっ」
「あの〜、何か御用でしょうか?」
中から出てきた女性は髪に結んだ大きなリボンが幼さを感じさせるも、綺麗で美しい人だった。
「おい、あゆ綺麗な人だぞ。って、おいっ」
中から出てきた女性の美しさに見とれていて、僅かに目を放した隙ににあゆはどこかに姿をくらました。
「あゆ…、ひょっとして…!」
そう言い、家の中から姿を見せた女性が突然私の横を通り、道路に身を乗り出した。一瞬戸惑いながらも私もその後に続く。だが、どこにもあゆの姿は無かった。
「ついさっき姿をくらましたばかりなのに…。食い逃げ少女の二つ名は伊達ではないな…」
気を取り直し、その女性の方を見つめる。その女性は何処か悲しげで、その瞳の先は道のずっと先を見つめているようだった。
「えっと、どうかしましたか…」
「いえ、何でもないです。それよりどういった御用件で?」
「あ、あの、実は私倉田党首のファンで、昨日今日この街に越したばかりで一目党首の実家を見てみたいと…」
「そうなんですか〜。でも見た感じは高校生くらいですが…」
「ええ、まだ高校二年です」
「まだ選挙権がないにも関わらず、父を支持してくれるのは大変嬉しいです。良かったら中でお茶でも御馳走になっていきませんか?」
「父?と言いますとあなたは倉田党首の娘さんなのですか?」
「ええ、そうです。倉田一郎の長女、倉田佐祐理(さゆり)です」
「それにしても随分歴史深い家ですね…」
「『明治時代の政治家は母屋くらいしか残らなかった』という当時の政治家を評した言葉は御存知ですか?」
「ええ、存じています」
「佐祐理の家は祖父から続く政治家の家ですが、その祖父が明治気質の政治家だったのです。故に佐祐理の父もその意思を継ぎ、稼いだ資産の殆どは政治に費やしているのです」
「御聡明な理想です。ところでこの家には佐祐理さんしか御住まいになっていないのですか?」
「ええ、事務所の方には後援会の方がたまに来ますが、今は佐祐理一人しか居ません」
「母親とかは」
「母は現在父の元に居ます。父は現在自自合意などで多忙を極めていますので、佐祐理が母に父の元に行き、心の支えになるようにと言って。母は佐祐理の身を案じていましたが、佐祐理は一人でも大丈夫だと」
「他の家族は?」
「昔弟がいました。そして後一人…」
そう言い、佐祐理さんは口を閉ざしてしまった。気まずい事を聞いてしまったと思い、私はそれ以後佐祐理さんの家族の話題には触れないように心掛けた。
その後、佐祐理さんから一郎氏の政治理念などを聞き、気が付いた時には11時を経過していた。
「…もうこんな時間か。ではそろそろおいとましますので。今日は色々有難うございました」
「こちらこそ、もし良かったらまた遊びに来て下さいね」
「あっ、そう言えば一郎氏に頼みたい事があるのですが、佐祐理さんから伝えてもらえないでしょうか?」
「構わないですよ〜」
「では、『貴方のお力で是非この県にテレビ東京系のテレビ局を』と伝えておいて下さい」
「あはは〜…、一応伝えておきます」
軽く礼をし倉田邸から出る。
(今日は色々と疲れたな。おかげでまだ11時だというのに空腹だ。何処かで昼食を取ってから帰るか…)
…第参話完
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